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今年のマイ花菖蒲パート7(H29) [マイファーム雑感]

今年の見ごろは6月8日であった

今年は雨が降らず、咲き始めも遅く、心配したが、昨日の雨でしっとり感が漂い、一挙に見ごろとなった。昨年に較べ北菖蒲畑は少し見劣りするように感じる。理由は昨年株が最高に肥大して茎が20~30本立ちとなり、花の密集度が高かった。これ以上続けると減衰するので株分けをかなり大がかりに行った。そのせいで一株が昨年の1/4~1/5の大きさになり、全体として花数が減ったためである。

北.JPG

西側溝.JPG

南.JPG

東側溝.JPG

雑感

その1、毎年注目度がたかまり、嬉しい限りである。「〇〇の菖蒲祭りに行ったがこちらの方が花びらが大きく優雅で見ごたえがある」、「咲きましたね、癒されます」等と声をかけてくれる人、写真を撮らせて欲しいと申し出られる人等が確実に増えてきている。今年は5月18日に自治会の庭園等の見学会が初めて企画され、マイファームも対象に加えられた。4月中旬にその話を聞いて、今までは通り掛けの人に見て頂くという事で気楽に構えていたが、花の手入れ、草取り、草の焼却等に物凄い手間をかけた。3月末にシバタ社を辞め完全隠居、晴耕雨書の身となったのを待っていたかのような神様の采配、と感じた。当日は30人ほどの方がお見えになり、北、西側溝、南、東側溝の菖蒲畑の順に綺麗に維持した畑を1周して頂いた。蕾が辛うじて目につく程度であった。お待たせしました。

その2、4月から5月始めは水やりも例年並みに行ったが、雨が昨年に比べ極端に少なかった。気温も高かった。それらのせいかどうか、今年は例年より10日位遅く、5月の終わりに大花びらの赤紫と薄青紫の2種類が最初に咲き始めた。例年とは違うパターンであった。しかも蕾が膨らみ開花寸前になっても花びらが開かないままのものが多かった。多分蕾の生育過程で水が足りなかったか病害に侵されたかであろう。来年に向けてこの対策をしっかりやりたい。

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ゾーッ熱中症だった! [マイファーム雑感]

他人事と思っていた熱中症に罹っていた
梅雨が明けてからは、朝8時ともなると30度を越し耐えられない暑さである。最近は取っても取っても取り切れない雑草との戦いである。日が昇ってからでは仕事にならない。年甲斐もなく朝には物凄く弱い私だが仕方なく生活スタイルを変え朝5時に起こしてもらい寝ぼけ眼で5時半前には畑にでる。今思うとその夜は寝苦しくて眠りが浅かった。

水やりや西瓜等を採りへちま水を採取して草取り開始、直ぐ陽が昇る。あれもしなければこれもしなければ、となかなかくぎりがつかない。気が付くと炎天下既に9時を回っている。額に汗が流れやっと暑いんだと気づく始末。

熱中症がこわいので切り上げて、そこで初めて女房特性のスペシャルドリンク(梅酢とバーモンド酢と湯冷まし水と氷)を一気に飲んで、家へ。西瓜や採取したへちま水を積めたリュックを背負い今までの習性で遠回りして帰る。重い、遠いが身体を鍛えるためだ、と体にしみ込んだ信念?で。


その日(26日のこと、このスタイルでの畑作業の5日目、疲れもたまっていたが今しておかなければの義務感が勝っていた)、帰り着いて普段は水浴びして昼寝に入るのだがその日はそれもせず仕事にかかった。クーラーは使わずに窓を開け放した。暑かったが時々吹き抜ける風が心地よかった。手指が矢鱈とつって元に戻らない。眠くてボーッとしている感じ。でも仕事は捌けたので気にもしなかった。しかし大きなミスをしていた。一生懸命集中した正面以外のところで注意散漫となってミスを犯し尚且つその誤りをおかしいと思う判断力が低下していた。指摘されて気が付いた。何故そうなったかが分からなかった。


熱中症の気づき

次の日の夜某民放で老人が如何に熱中症に掛かり易いかの番組を流していた。これを見て初めて自分が熱中症に罹っており事なきを得たんだと気づいた。


疲労の累積と睡眠不足に加えて炎天下の作業、(小まめな)水分や塩分補給の不十分などが原因であった。高齢にも係らず体力や代謝力’(の低下など)への過信と頑張りすぎも大きな原因であった。

自覚症状がないことも恐ろしい事だと気づいた。若し炎天下に畑で倒れたら思い半ばの人生になる。最後が大迷惑で終わる。不十分ではあったが熱中症への対策を一応していたので事なきを得た、で済んだ。

クーラーや昼寝など快適な環境で疲労の早期回復や快適な睡眠に努めることも大事である。

福島大尉が兵を護り兵に役立ち、兵を休ませる事に本気だったと述べた(『これからの福島泰蔵大尉旅に向けて《補作》 十五、旅の到達点』参照)。休養がいかに大事かを福島大尉に学んだはずなのに自分の身に置き換えてないと反省した。


以上


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鹿の子百合の花便りにひかれて 続き [マイファーム雑感]

7月16日月瀬八幡宮再訪

宮司さんからは⒛日頃が見頃と聞いていたが月瀬八幡宮のHPで確かめると15日頃とあったので仕事で留守をしていた私は帰宅後とるものもとりあえず再訪。夏越(なごし)大祭を触れる幟が賑やかにはためいていた。車を降りてすぐ迎えてくれたのは鹿の子百合咲くと茅野輪くぐりの案内。

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茅の輪くぐり

どうしたものか左側の要領の説明を読みながら立ち止まっている私に宮司さんが近寄ってこられ、先導するように「水無月の 夏越(なごし)の祓ひする人は 千歳の命 延ぶといふなり」と唱えながら左・右・左と三度まわり始められた。私は当然のように従った。とっさに8月に帰ってくる孫娘の顔が浮かぶ。二人が無事に育ちますようにと願いを込めた。思いがけない事であったが宮司さんの先導つきというめったにない幸運に恵まれた。ご利益間違いなしの茅野輪くぐりであった。


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木戸の案内

頂上には「神輿がましましているらしく階段の登り口には祭壇が設けられていた。本来ならお参りすべきであるがそれもならずと、裏庭へ。

木戸には銀盃草の時と同じように案内がしてあった。鹿の子百合咲くを知らせるほのぼのとした風情が漂っている。

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鹿の子百合全景

裏山の斜面一杯、風にそよいでいる風情が何とも言えない。

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フォーカスオン

IMG_20160716_162831 (1)月瀬縮小.jpg

以上

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鹿の子百合の花便りにひかれて [マイファーム雑感]

始めに

ぼつぼつではないかと、H28.7.4夕方月瀬八幡宮を訪ねた。折よく宮司ご夫妻は居合わせ、丁度広い境内の草取り、昨日の祭りの跡片付けなどを終えられたところであった。

花は如何に?と早速裏庭に。2輪ほど先駆けて咲いていた。本社は階段で100段ほど上がった裏山(猫城址)の上、裏庭はその岩場の急斜面も取り入れている。そこ一杯に群生し、蕾も揃って大きくなっていた。咲き方準備よし、の風情が見てとれた。さぞかし見事でしょうね、と私。この調子では⒛日頃がピークかな、と宮司さん。

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ここの草取り・手入れは足元が危ないので大変だな、と思いつつ眺める。忍び寄る年波に抗して、頑張っておられる宮司さんご夫妻の姿が浮かび自ずと敬意が湧いてくる。

単なるお手入れではなく、参拝に見える方の心を和ませるためが主であろう。毎年見学に来られる方も多いという。その方たちの楽しみにも添うお手入れでもあるから大変だ。

その気配を察したかのように氏子であり同級生のY君とN君が一日手伝いに来てくれて助かった、でも怪我でもさせたら申し訳ないので気を使った、と宮司さん。思わず手を出したくなる周囲の人に恵まれている。これも人徳!神(に仕える高貴な生き方をしてきた者に神が許した)徳!

そういえば案内看板はまだ出ていないが・・・。


奥座敷から庭を見る。この眺めが良いし好きだ。しかし、今日、視線は床の間の掛け軸に釘づけ。

しずお祖母さんが八十八歳のお祝いの席(昭和34年頃)で詠み当時の列席者に配られた短冊を仕立てた由。特別に鹿の子百合に愛着を持ち、大切にされた方らしい。句にもその気分が現れている。鹿の子百合が咲き出す頃、今年も綺麗に咲くようにとの願いを込めしずお祖母さんを偲んで、このお軸をかけるのが恒例だそうだ。

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「鹿の子百合の年忘れず土用の内に咲を見てをよめる  いつの世に 誰(た)がうえつらむ 築山の 岩間に薫る百合の ひともと  八十八志ヅ」

子供のころ遊びに夢中で鹿の子百合の中に踏み入り、日本髪をふるわせて良く叱られたものです、と宮司さん。甑島にも群生があるらしく、それが宗像に伝わり、どういう経緯でか当地に伝わった。江戸時代或いはもっと古いかもしれない。宗像では各個人の家にも沢山生えており季節にはあちこちで咲きぶりを目にするとの事。

当時配られた短冊を大切に保存し伝えて頂いている親戚の方もある。当家の掛け軸を見て、話が繋がったとのこと。お祖母さんの思いを大切に残し伝える。鹿の子百合への思いは深い。宮司さんの家系の奥深い雅な心が伝わってくる。

良し、満開のころに再見、と心を残して奥座敷を後にする。奥様から風蘭も今です。ご覧ください、と軒端を指さされた。八剣神社の大楠の梢に風が運んで根づいたものが台風のときに落とされ、それを境内後片付けの際、持ち帰り、当社で大切に養生してきた由。なんという奇種!本来高い木の上で風に耐え、風に委ねて楚々で凛と咲く。

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話はここで終わらない。八剣神社といえば、中間市中底井野出身の月形潔氏の生誕記念の碑の除幕式が先月28日に同所(正確には中底井野公民館用地で)行われたばかり、とのこと。その模様を聞いた私は興味を覚え、再度奥座敷に戻り話を伺った。女房殿から無遠慮にも程がある、早く帰れ、との着メール。でも話が聞きたい。

明治の頃、北海道月形町に刑務所を作る事になり同氏がその任に当たり、その功恩を当時の方が記念して町名に同氏の名を冠した由。町名に名を冠する。なんと素晴らしい人物であろうか。北海道には出身の方の多い地名を市や町の名につけたところは多いと聞くが人の名はあまり聞かない。月形潔の生き様が知りたい。その碑建立にいたる経緯が知りたい、宮司さんを含め関わった方の思いなどが知りたい・・・。

帰途、中底井野公民館(八剱神社隣地)に立ち寄り、確認。

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風蘭が取り持つ風雅な縁で月形潔に行き着いた。満開の鹿の子百合再見同様今少し思い旅を続けたい。


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今年のマイ花菖蒲パート6(H28) [マイファーム雑感]

始めに

6月8日、明日から出張で留守。当分花菖蒲は見納め。多分留守の間にピークは過ぎると思うので感想を書きたい。

1つ、今年の咲きぶり

北菖蒲畑はこんなもん

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南菖蒲畑はやや見劣り?

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群れ咲きのピークに親しんだ目にはそう映るかも。


西溝は昨年並みの咲きぶり

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株分けして、これだから評価できる。

東溝は昨年よりとても見事な咲きぶり

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2つ、感想

1つ目、株分けの後遺症

昨年は群れ咲きがピークであった。(今年のマイ花菖蒲パート5(H27)参照)。株が最高に肥大していた。兎に角咲き終わったら次の年に向かって手入れ、手入れ。1年かけて心を込めた。最初はわけが分からなかったが段々コツがわかって来た。しかし、どのくらい手抜きすればどうなるか、が分からないままの駈け歩であった。

昨年は株分けをし、肥料も化成肥料は控えめにし、有機はもみ殻だけにした。この結果が今年であった。

2つ目、株分け後の残りを株毎、溝に置いた

なんと置いたままにしておいたのに、(物置小屋の横、奥の方)この咲きぶり。強い生命力に感服。

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3つ目、すぎなの根のはびこりは半端ではない

菖蒲畑に限らず地中深く、冬の間も根を張り続け、春先以降あっという間にすぎなが繁茂した。とても手が回らない。特に菖蒲畑は掘り起こさないので好き勝手にされている。その影響が南菖蒲畑に最も顕著に出ている。


4つ目、東・西溝の菖蒲の根がじっくり定着した

すぎなの根と戦いつつ、その結果が今年表れている。

5つ目、咲きましたよ、と報告を受ける

昨年株分けをした近所の方が畑においでになり、咲きましたよ。白と薄紫が。一株で5、6本茎がでて、蕾もだんだん大きくなって、そのうち先の方から白い小さな花が顔を見せました。この前通りかかったら水かけをしておられたので私も大急ぎで帰って水をたっぷりやりました。嬉しくて、と報告をうけた。花菖蒲とかかわることをこんなに喜んで頂いて、しかも伝えて頂ける。月瀬八幡宮でも、飯塚駐屯地でも咲いたようだ。この喜びは何物にも代えがたい。
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花菖蒲の花便りにひかれて [マイファーム雑感]

始めに

昨年株分けし、(無理やり)貰って頂いた花菖蒲が咲いた、という風の噂にひかれて6月6日夕方、月瀬八幡宮(中間市底井野)を訪ねた。折しも宮司さんご夫妻で広い境内の草取りの最中。そろそろ見えるころ、と花菖蒲の周りも草取りを済ませた由。


花菖蒲が厳かに咲いていた

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参道の階段の上り口を右手へ。気のせいかマイファームよりは厳かに咲いているように感じる。

昔、湿地であったところに土を入れた、との事で水気には困らぬらしい。また手前には戸畑アヤメが勢いよく茂っていた。昨年、差し上げるとき現地を見せて頂き、戸畑アヤメをここまで(奥様が)丹精されたご様子に、絶対育てて頂けると思った。何せ私は戸畑アヤメに2度挑戦して駄目だった苦い思い出がある。同級生のしんちゃんの寄贈らしい。二人に縁のある花がここに集まって咲く。

昨年、私のマイファームの傍を何度か二人で通りすがりにご覧になった由。花びらが大きくてとても見事、とお褒めのことばを頂いた。株分け時、誰に貰ってもらおうか、と考えたときその言葉が自然に浮かんだ。貰って頂いて本当に良かった。しかも自分の楽しみで育てた花菖蒲が今や神苑で咲く!。人生の仕上げの時だな、と昂ぶった気持ちで帰途へ。

帰りに木戸の掲示が目に入った

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銀杯草が今盛り。親戚のおばさんから一株頂いたのが始まり。可憐さ、清楚さが好き、と宮司さん。そういえば庭の雰囲気にもあっている。ここまで育てた丹精と合わせ見事。ここ月瀬八幡宮は宮司さんそして奥様の人柄で人が集い、風も、鳥も。そして花も集まる。

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鹿の子ユリの蕾見つけた

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遥か昔から、なんでも宗像氏のころからここ(斜面)一面に咲くらしい。纏わる話もありそうだ。銀杯草同様木戸を一般開放しているそうだ。7月が楽しみだ。



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マイファーム徒然ーその14 旬を味わう贅沢に感謝 [マイファーム雑感]

実りの秋を迎え、このところ贅沢三昧の日々である。

一例を挙げれば本日の夕食。マイファーム収穫の旬の野菜が並んだから。そのうえおまけもついたので。

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膳左手上の小鉢は間引きした大根葉と生姜(刻み)の浅漬け。膳左手下の小鉢は同じく大根葉とゴマの浅漬け。ごはんの上の小鉢は生育の良いカブの洋風浅漬け(ピクルス)。魚の上の小鉢はほうれん草と本日初収穫の落花生の和え物。ゴマを除きすべて自家製である。落花生は湯でて初食を楽しんだ。味噌汁にも大根葉、今日は入ってないが取れたてのサトイモの具も上手かった。サトイモといえば取ったその日に煮物とコロッケを味わったが最高だった。いずれも旬ならではの新鮮な香りや旨みを堪能。

右手下の魚はおまけの贅沢である。のどくろ鯛の一夜干し。油が最高にのっているがさらっとした上品な食感で実に美味しい。これも今が旬。最高の素材と能登の潮風がもたらし旨み、天の恵みであろう。家族全員大満足である。金沢旅行をした娘が市場で求めようとしたが、値段のばらつきがあり、こわかったのでやめ、金沢百番街あんと十字屋(金沢駅)の女性店員さんに相談したら、丁寧に見分け方の説明とともに選んでいただいた由。女店員さんに感謝。どこで買ったの?市場?との問いかけに答えながら、娘が取り出したパンフレットの顔写真に『この人』、親切な定員さんと指さしたのは店長さんであった。

膳右手の西の関もおまけの贅沢。我が家の冷蔵庫に丁度あったのも何かの縁。遠賀の新米『ひのひかり』とマイファームの旬野菜、北陸の旬ののどくろそれに大分の西の関。2度とはない味の組み合わせ,将に一期一会である。

6度目の午年を過ぎ、健康で楽しく過ごせるのはマイファームのおかげである。旬をふんだんに味わえる”今”に感謝して、限られた”今”を大切に生きたい。

少しの補足。女房殿は旬野菜で出来の良いものをまず孫娘におくる。それから親しい人へのおすそ分けをする。従って我が家の旬は味味程度、しかも残り物が主流となる。マイファームの野菜を喜んでもらえる人がいる。それも我が家の贅沢である。

以上。
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牡丹を諦め芍薬に [マイファーム雑感]

始めに

一等地を与えていたボタンがダメになった。理由は根を虫が食い散らしたから、である。ものの本の通り、藁を敷いて寒暖・乾湿に程よく耐えられるよう心した。然し、それは蝶の幼虫等の絶好の棲みかになったようである。その幼虫めらにとってボタンの根は食べ頃の美味しさだったようだ。というのは突然茎葉の勢いがなくなり、花芽もつかず、あれよあれよという間だった。何が悪いのか、どうすればよいのかわからないまま、ダメになって根を掘り起こしてみると根茎の部分で完全に空洞になっていた。

再度ボタンに挑戦するか否か考えたが芍薬一本に決めた。牡丹は手をかけなければてきめん即ダメになる。ある程度の手間は覚悟するが過度、距離感が無い、のは息苦しい。その点、芍薬は生命力があり、余り手間がいらない。尚且つ花の大きさも中ぐらいで、花の大きさと茎の高さのバランス即ち立ち姿が程よい。

芍薬の苗、6本を植える

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19日夕、お取り寄せ(国華園)の苗6本が届いていた。早速⒛日から植え付け開始。しかしその前にやるべきことが2つあった。すぎなや昼顔の根を根絶やしにする事と土中に潜む根切り虫を成敗する事。すぎなや昼顔の根は少しでも残っているとそこからまたはびこるので兎に角根絶やしにしなければならない。1か月ほど前に根絶やし作戦していたがまた芽を出していたので前回と同じぐらいの手間を(2日間)かけて掘り起こし、その後植え付けた。根切り虫めも見つけ次第成敗した。20匹は超えている。今マイファーム内をすぎなの根がはびこって大変だ。今までは畝起こしの時、上面だけ退治すればよかったが、下層深く根を張り、尚且つ溝にもはびこっている。3倍から4倍畝お越しに手間がかかるようになった。でもほったらかすわけにはゆかない。負けてたまるか。芍薬達よ頑張れ。

名前と花の色

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写真は南から北に向かって撮影した。来年の5月を先輩芍薬に負けないよう咲いて欲しい。楽しみに待ちたい。メモが正しければ南から順に名前と花の色は以下の通り。

NO1、サラベルナール《白がかったピンク》。NO2、ソルベット《縁白・中ピンク》。NO3、プリマベーラ《周り白・中黄色》。NO4、アドルフラソー《濃いピンク》。NO5、ポールオブビューテー《周りピンク・中白》。NO6、ケルウェイズグロリア《白》。

以上
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今年のマイ花菖蒲パート5(H27)ー株分けして飯塚駐屯地へ [マイファーム雑感]

始めに

9月17日新隊員後期課程教育修了式が終わって、飯塚駐屯地長田曹友会長に案内していただき、圓林群長も同行されて、とある場所を訪れた。そこには株分けしたマイ花菖蒲が植えつけられていた。こんなに大事にして頂いて有難うございます。きっと咲いてくれるでしょうね。来年6月の開花が楽しみですね、と思わず口にした。

そして帰りに長田会長から数枚の写真を頂いた。厚生センターに掲示してある由。その写真を目にして、心底喜んで頂いている、と直感、感激した。

1つ、ここに至る経緯

マイ花菖蒲の群れ咲きも今年がピーク、今年は株分けを本気で考えねばならない。どなたか貰って頂けるところはないか、と春先の芽が出始めた頃に心積りを始めた。3月7日の2施群創隊60周年記念日行事で偶々この話を圓林群長にしたところ、駐屯地に櫻以外の花があっても良い。花菖蒲は何かと縁起が良い。花を愛でる心は優しい心の表れ、真の強さにはこの優しさが必須。隊員の情操上もよろしい、と大変乗り気で駐屯地司令(星指陸将補)の了承を受け、飯塚駐屯地曹友会に話を付けて頂いた。群長の本気に背中を押され、8月5日駐屯地夏祭り時に、試しに100株を持参し、現地を見させて頂いた。現地一帯はもともと湧水があり、昭和40年頃はマムシ谷と言われていた湿地であった。その現地確認で水を好む花菖蒲生育に適したところとの確信を持てた。従って後日、曹友会の方々で植えつけて頂いて様子を見ることにした。

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長田曹友会長は大変積極的に検討され、植え付け場所も決定。話が一挙に具体化した。

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そしてパークゴルフ場周りの側溝に曹友会の方々の手で植え付けされた。

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2つ、この話にはロマンがある

来年6月には揃って開花して欲しいと思うと共にこの話が進んで行くにつれ、ロマンを物凄く感じた。

1つ目、菖蒲は邪気を払い、尚武に通じ勝負の勝に通じる

花菖蒲は凛とした立ち姿や咲振りの見事さから邪気を払う、と信じられ、甲冑に模様を施された例も多いという。駐屯地・隊員を邪気から守り、精強さが求められる武装集団として尚武に通じ、又勝負(の勝を得る)に通じ、縁起が良い。

2つ目、毘沙門天さんのご加護がある

駐屯地の北にある日陽(ひなた)山普光王寺には毘沙門天さんが祀られている。仏様を守る四天王の一人として邪気を払う役目があり、武を役目とする自衛官にはご利益がある。また七福人の一人で福徳増進のご利益もあると信じられている。この日陽山からの湧水が植えつけ場所一帯にはあると昔から言われて来た。この霊験あらたかな水で育つ花菖蒲の恵みは毘沙門天さんのご加護そのものである。昔から2施群の新年の訓練始めは毘沙門天参りが伝統である。花菖蒲を無事育てご加護を確かなものとして頂きたい。

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3つ目、隊員の憩い・安らぎに役立つ

花菖蒲の花に隊員が憩いや心の安らぎを感じ、厳しい訓練の息抜きをして明日への活力を得て情操豊かな武人、真に強い武人としての成長の糧となる事を願っている。

4つ目、曹友会の活躍場

曹友会の皆様の積極的な働きに、曹友会ならではの力が発揮される最たるものではないか、と思えてきた。駐屯地の環境美化や活性化を格段に向上させるよう頑張って欲しい、と願っている。

終りに

飯塚駐屯地で花菖蒲が生き続けるなら、この花菖蒲を愛で育ててきた多くの人の心が伝わり続ける事を意味する。私もその一員としてリレーの責任を全う出来ればこんなうれしい事はない。マイファームでは株分け後の花菖蒲たちがすっきりして静かに来年を待っている。(写真は北菖蒲畑)。

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今年のマイ花菖蒲パート5(H27)-花菖蒲さん有難う! [マイファーム雑感]

花菖蒲さん!よく頑張ったね。

花菖蒲と付き合い始めて、今年は大冒険をしました。実は私からお客様を招待したのです。それは、3月の始め頃だった、と思います。花菖蒲は例年6月1日を基準に前後10日が見ごろなのでそのつもりでお誘いしました。お誘いしたお客様は今の私にとって大変大事な方ですが、忙しく飛び歩いておられますので来て頂けるかどうかある意味直前まで分かりません。要するに皆さんが揃うかどうか分かりません。でも皆様はお越しいただける、という返事を直ぐ頂きました。ところが例年より2週間も早い5月の始め、第1号が咲きました。えっ、これでは持たない、折角お越しいただいても花が終り頃の勢いを無くした姿だったら申し訳ないと悩み始めました。悩んでいても状況は改善しない、来て頂いた時に最高の菖蒲をお見せするんだ、と草取り、水やりに励みました。私の一生懸命さを花菖蒲もわかってくれたんでしょうね、というかみんなで相談して咲き方を調整してくれたみたいで確かに終わりごろではあるんですが、精一杯の見ごろを演出してくれました。我が家の花菖蒲は群れ咲くのが売りなんです。群れるイクオール数が多いからこそできる話なんですね。皆様堪能して頂けたようで大自己満足な1日でした。

それが以下の画像、今年ならではの、です。

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