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人生で棄てたものを拾い出して楽しむ贅沢をしなさい [名リーダーを思う]

始めに

 表記は平成29年6月都内某所で1時間の予定で行われた講演で最後の最後に私の耳に飛び込んできた言葉である。「男のストレス、女のストレス~元気になるための処方箋」と題し、講演者は海原(うみはら)純子先生であった。

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 講演に先立ち同先生のプロフィールに目を通した。それには東京慈恵会医科大学卒業。日本医科大学特任教授、医学博士、心療内科医、産業医。とあり、ハーバード大学客員研究員(2008年~2010年)。(3月まで)復興庁「心の健康サポート事業」の統括責任者として東北各地で活動する。被災地の調査論文で平成28年度日本ストレス学会学会賞を受賞。読売新聞「人生案内回答者」。毎日新聞日曜版「心のサプリ」連載執筆中。20年間、休止していた歌手活動を再開。とあった。
 くらしの場に軸足を置いた調査、診療、講演と心療内科に関わる活動の傍ら執筆家、歌手としてマルチに活動しておられる旨を承知したが歌手活動再開のところはプロではないだろう、上手な素人の趣味活動、と勝手に思い込んで講演開始を待った。

講演

 登壇した先生は小柄で頗る美人で、語尾がはっきりして聞き取りやすく、話が大変上手で分かりやすかった。天は二物も三物も与えるなと一瞬思ったが直ぐ話の虜になった。男のストレスは結果がすべての生き方に関わるものであり、女性のそれは良い人ぶる(悪く思われない)という過度の協調の生き方にかかわるものであると症例を基に分かりやすく説明され、すとんと私の腑に落ちた。話も終盤にかかり、自分は大丈夫とストレスに気づかない人が一番危ない。ストレスに自ら気づき、言葉や態度などを変えることで心を変える。次に・・・。表記の言葉と出会った、というわけ。

この言葉に心が震えた

 聞いた瞬間、びりびり、ときた。私は今明治35年1月に八甲田山雪中行軍を成功させた弘前連隊の福島大尉の本を出版すべく準備中である。去る4月の打ち合わせで出版社の責任ある地位の方から「15年間も追い続けて出版まで到ったものは何か、大変興味がある」と言われた。福島大尉に惹かれたからとしか言いようがなかったが、爾来ずっと私の心の隅でくすぶり続けていた。この言葉は、正確には棄てたというよりも現役時代にあきらめざるを得なかったものを思い出させた。それは古戦場に立ち優勝劣敗や主将の心根に思いを巡らすことである。大変興味があったが仕事上、余裕がない一杯一杯の日々が続いたので人生の回り道になると考えそこに立つこと自体をあきらめた。定年後に福島大尉と出会い次々に新しい魅力を発見する楽しさ、現役時代の仕事文とは一味違う書く楽しさ、古戦場等のゆかりの地に立ち思いを巡らす楽しさ等に相乗的にはまり続け果てがなかった。
 
この言葉は先生の体験が言わせた
 
 この言葉の後に以下のような話があった。
学生時代アルバイトで歌手をしていたが、医者の道を本格的に歩み始めた時にあきらめた。しかし、歌手への憧れは消えず、1999年からプロの歌手としてのコンサート活動を再開し、CDもだした。あくまで結果を求めない、プロセスを楽しむ、人生を楽しむものである。

 ここだけは心療内科医としての症例ではなく、自分の人生の体験に基づいた話であった。贅沢を楽しむ人生はストレスに負けない。それどころか人生を大いに豊かにする,と受け止めた。


終わりに

 先生の言葉から出版というプロセスの贅沢を楽しめる豊かな人生、後期高齢者生活を今送っているんだと気付いた。他の諸々に惑わされず、感謝のこころで本作りをして恩返しをしたいと改めて思った。それにしても何事もやるとなると、マルチに本気な人であった。素人ののど自慢だろう、を心から恥じた。講演終了後著書(その場でサイン)を求めたが大人気でアッという間に売り切れ、後日送って頂くことにした。コンサートをお詫びのしるしも込めて生で聴きたいと思った。 

関連ブログ:福島大尉の実行力を訪ねて(http://fukushimagizan.blog.so-net.ne.jp/

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自衛隊応援クラブ22号(平成27年12月号)「陸上幕僚監部防衛部長前田忠男陸将補スペシャインタビュー」にフォロワーシップを思う [名リーダーを思う]

フォロワーシップについての金言は陸上自衛隊に当てはまる

表記記事を目にした私は記事中の囲みの一つに目を留めた。それには

大いなる精神は静かに忍耐する
 東日本大震災に際して、当時大阪大学の総長だった哲学者の鷲田清一さんが引用された「請われれば一差し舞える人物になれ」という言葉が、私の記憶に残っています。これは文化人類学者である梅棹忠夫さんが、亡くなられる直前のインタビューを締めくくられた言葉だそうです。もしリーダーに推されたときには、いつでも「舞える」よう、日頃から準備をしておけということです。
 この言葉は、まさに陸上自衛隊に当てはまるものだと思っています。積極的な活動はもちろんのこと、さらに国民のみなさんに請われれば、差し舞うだけの準備はできています。淡々と日々の訓練をこなし、しっかりとその実力を蓄えているのです。

とあり、フォロワーシップについての金言と受け止めた。

 鷲田清一大阪大学総長の式辞(H23.3)では市民生活特に公共的な生活に於ける集団とそのリーダー及びそのリーダーをケアするフォロワ―の在り方について述べられ、「請われれば一差し舞える人物になれ」はフォロワーシップについて語られた文脈の中にあった。この考えは、国防・安全保障という公共の課題に対する陸上自衛隊という集団と置き換えると前田将補が語っているようにまさに陸上自衛隊に当てはまる、と私も感じた。

フォロワーの考え方

 ここでいうフォロワーは後ろに控えているが何時でも前へ出れるものという意味である。陸上自衛隊は国家の最後の砦という位置づけであり、普段は後ろに控えているがいざでは、前へとなる。国家は命運を託すに足る人物にそのいざを委ねる。託されたリーダーはその時に備え用意を怠らず、知恵の限りを尽くし勝利へと導く。

防衛大学校生活でフォローワーとしての原石を磨いた

 前田将補は防衛大学校学生時の断郊競技について触れている。全員参加の3年生時の断郊競争は私の経験では大変きついレースであった。そのきつさはアップダウンのきついコースに加えて最後の者がゴールした時がチームのタイムとなる競技の特性にある。即ち同じ力のものが走るのでその日の調子によってバテルものが必ず出るし、いつも同じものがバテたりする。しかもコースの一番苦しいところで発生する。バテてレースを放棄することは出来ない。ゴールしなければチームはもちろん大隊対抗なので大隊も失格となる。そこでバテた者の背嚢を持ってやり、叱咤激励して這ってでもゴールを目指すことになる。そうこうしているうちに、そんな余裕のある者はいないので別の者や背嚢を持ってあげた者がバテたリする。請われた前田学生は本来の自己の走力以下の第3分隊長となりバテそうな隊員のフォローをし、それどころか全体で4位の好成績を収めた。本来早い分隊で勝負したかった自分を押さえ責任者の指示に従った。見込まれたのならそれに応えようと大隊の勝利への貢献を優先した。
 体力さえあれば誰でも出来ると思う方がいるかもしれないがとんでもない。きつさは同じである。その時に他人の背嚢を持ってやる人は”かみさま”である。私がバテた時、背中を押し励まし続けてくれた同期は”かみさま”であった。それだけでも”かみさま”であった。爾来そいつが何かやるときは協力を惜しまなかった。それどころかの好成績には大きな意味がある。足を引っ張る者が逆に牽引車となるプラスの力を引き出したに違いない。体力だけではない推されるに値する力が既に備わっていたのだ。

終わりに

 「大いなる精神は静かに忍耐する」のおおいなる精神とはここで述べたフォロワーシップである。最後の砦として、いざに備え黙々と務めを果たし続ける国家のフォロワーたる陸上自衛隊の使命とそれを自己の精神の琴線とした心ある陸上自衛官の心映えである、と私はこの記事をみて思った。
 また二つの金言提示は自分の専門外の専門家のそれに反応し、心に響いたことを、ミリタリーの専門家として他の分野の方々に対し発信するというスタイルである。防衛基盤をより新しくより大きくするという点で関心の向け方や発信力の在り方について鷲田式辞にある自分の専門外の専門家に対する、外向きの、説明の在り方に通じるものがあると思った。
 最後にこの読者は自衛隊の門を叩くかもしれない若者である。その若者に大きな志や気概を、自らの背中で示した。大変印象に残る、含蓄のある言葉のプレゼントで。
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今年のマイ花菖蒲パート7(H29) [マイファーム雑感]

今年の見ごろは6月8日であった

今年は雨が降らず、咲き始めも遅く、心配したが、昨日の雨でしっとり感が漂い、一挙に見ごろとなった。昨年に較べ北菖蒲畑は少し見劣りするように感じる。理由は昨年株が最高に肥大して茎が20~30本立ちとなり、花の密集度が高かった。これ以上続けると減衰するので株分けをかなり大がかりに行った。そのせいで一株が昨年の1/4~1/5の大きさになり、全体として花数が減ったためである。

北.JPG

西側溝.JPG

南.JPG

東側溝.JPG

雑感

その1、毎年注目度がたかまり、嬉しい限りである。「〇〇の菖蒲祭りに行ったがこちらの方が花びらが大きく優雅で見ごたえがある」、「咲きましたね、癒されます」等と声をかけてくれる人、写真を撮らせて欲しいと申し出られる人等が確実に増えてきている。今年は5月18日に自治会の庭園等の見学会が初めて企画され、マイファームも対象に加えられた。4月中旬にその話を聞いて、今までは通り掛けの人に見て頂くという事で気楽に構えていたが、花の手入れ、草取り、草の焼却等に物凄い手間をかけた。3月末にシバタ社を辞め完全隠居、晴耕雨書の身となったのを待っていたかのような神様の采配、と感じた。当日は30人ほどの方がお見えになり、北、西側溝、南、東側溝の菖蒲畑の順に綺麗に維持した畑を1周して頂いた。蕾が辛うじて目につく程度であった。お待たせしました。

その2、4月から5月始めは水やりも例年並みに行ったが、雨が昨年に比べ極端に少なかった。気温も高かった。それらのせいかどうか、今年は例年より10日位遅く、5月の終わりに大花びらの赤紫と薄青紫の2種類が最初に咲き始めた。例年とは違うパターンであった。しかも蕾が膨らみ開花寸前になっても花びらが開かないままのものが多かった。多分蕾の生育過程で水が足りなかったか病害に侵されたかであろう。来年に向けてこの対策をしっかりやりたい。

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