So-net無料ブログ作成

ゾーッ熱中症だった! [マイファーム雑感]

他人事と思っていた熱中症に罹っていた
梅雨が明けてからは、朝8時ともなると30度を越し耐えられない暑さである。最近は取っても取っても取り切れない雑草との戦いである。日が昇ってからでは仕事にならない。年甲斐もなく朝には物凄く弱い私だが仕方なく生活スタイルを変え朝5時に起こしてもらい寝ぼけ眼で5時半前には畑にでる。今思うとその夜は寝苦しくて眠りが浅かった。

水やりや西瓜等を採りへちま水を採取して草取り開始、直ぐ陽が昇る。あれもしなければこれもしなければ、となかなかくぎりがつかない。気が付くと炎天下既に9時を回っている。額に汗が流れやっと暑いんだと気づく始末。

熱中症がこわいので切り上げて、そこで初めて女房特性のスペシャルドリンク(梅酢とバーモンド酢と湯冷まし水と氷)を一気に飲んで、家へ。西瓜や採取したへちま水を積めたリュックを背負い今までの習性で遠回りして帰る。重い、遠いが身体を鍛えるためだ、と体にしみ込んだ信念?で。


その日(26日のこと、このスタイルでの畑作業の5日目、疲れもたまっていたが今しておかなければの義務感が勝っていた)、帰り着いて普段は水浴びして昼寝に入るのだがその日はそれもせず仕事にかかった。クーラーは使わずに窓を開け放した。暑かったが時々吹き抜ける風が心地よかった。手指が矢鱈とつって元に戻らない。眠くてボーッとしている感じ。でも仕事は捌けたので気にもしなかった。しかし大きなミスをしていた。一生懸命集中した正面以外のところで注意散漫となってミスを犯し尚且つその誤りをおかしいと思う判断力が低下していた。指摘されて気が付いた。何故そうなったかが分からなかった。


熱中症の気づき

次の日の夜某民放で老人が如何に熱中症に掛かり易いかの番組を流していた。これを見て初めて自分が熱中症に罹っており事なきを得たんだと気づいた。


疲労の累積と睡眠不足に加えて炎天下の作業、(小まめな)水分や塩分補給の不十分などが原因であった。高齢にも係らず体力や代謝力’(の低下など)への過信と頑張りすぎも大きな原因であった。

自覚症状がないことも恐ろしい事だと気づいた。若し炎天下に畑で倒れたら思い半ばの人生になる。最後が大迷惑で終わる。不十分ではあったが熱中症への対策を一応していたので事なきを得た、で済んだ。

クーラーや昼寝など快適な環境で疲労の早期回復や快適な睡眠に努めることも大事である。

福島大尉が兵を護り兵に役立ち、兵を休ませる事に本気だったと述べた(『これからの福島泰蔵大尉旅に向けて《補作》 十五、旅の到達点』参照)。休養がいかに大事かを福島大尉に学んだはずなのに自分の身に置き換えてないと反省した。


以上


nice!(0) 

陸上自衛隊大久保駐屯地の教育関係者がシバタ工業株式会社新入社員の体験入隊で魅せた教える力に思う(続き) [名リーダーを思う]

始めに

7月15日午後シバタ社の技術部からの体験入隊参加者6名に話を聞く機会を得た。私にはとても感動的に思えた体験入隊を参加者はどう感じたかを直接聞きたかった。


1つ、手を挙げる

一日の練習の上達度を基に、19時に課題を与えられた。各チームごとの作戦会議(と参加者は言う)で自分達だけで役割を決め、作戦を練った。役割決めに当たり、やりたい人にやらせたチーム、全員の相談で適材適所を決めたチーム、リーダーが予め決め相談したチームと特色がわかれた。いずれも自ら手を挙げるが基本である。自分たちで決めて目標達成のため力を合わせるという高い自由度は全員の参画意識を高めた。課題や問題を出し合い総合訓練では励ましあい達成感も味わった。

”手を挙げる人”はシバタ社の将来の発展のため不可欠の人材である。現に柴田社長はプロジェクト等では手を挙げる人に任せる主義とお聞きしたことがある。体験入隊での手を挙げる経験は何物にも代えがたい。大きな責任が伴うときに手を挙げられる人材としての成長を期待したい。

このような機会を作って頂いた教える力に感謝したい。


2つ、採点表(チーム全体及び個人対象のチェックリスト方式、筆者仮称)からの気づき

参加者の発言によれば採点表は所要時間と操法の正確さの総合評価がなされ張り出されていた。操法の正確さには各操作手ごとの動作・整理整頓・復命復唱など及びリーダーの指揮・指示法などが点数で表されていた。終了後これを全員が目にしてチームや自分の評価を知り自分の体験と比べて到らない点は反省し上手くいった点には自信を持った。

自分の評価は厳しいと感じたようだ。無理もない、と思う。心手期せずしての域を目指す自衛隊からみれば厳しくなるのは当然だしそんな甘いものではない、という受け止めが言わせた言葉と受け止めた。

計数的で客観的な工夫を地道に行う自衛隊の誠実さ。この教える(熱意を含め)力は凄い。

3つ、リーダーの責任の重さ、難しさ

リーダー経験者から表記の発言を聞いた。補佐の役割をした人を含め全く無理もないと思う。しかしこの時期にこの経験は貴重である。上級者の難しさが分かれば与えられた職責遂行や補佐の心構えに本気が籠る。更に無我夢中の戦いで、指導班長さんから厳しく温かい助言や指示を頂いたと聞いた。血となり骨となるであろう。今後この気持ちを忘れずず努力し素晴らしいリーダーになって欲しい。

総合訓練を競争という戦いの場に作為した教える力は凄い、と思う。

終わりに

自由度が高い訓練で楽しかった。自衛隊への親近感がより強くなった等の発言が相次いだ。明るく前向きな若者達に囲まれ将来が楽しみになった。有意義で楽しいひと時であった。



続きを読む


nice!(0) 

鹿の子百合の花便りにひかれて 続き [マイファーム雑感]

7月16日月瀬八幡宮再訪

宮司さんからは⒛日頃が見頃と聞いていたが月瀬八幡宮のHPで確かめると15日頃とあったので仕事で留守をしていた私は帰宅後とるものもとりあえず再訪。夏越(なごし)大祭を触れる幟が賑やかにはためいていた。車を降りてすぐ迎えてくれたのは鹿の子百合咲くと茅野輪くぐりの案内。

IMG_20160716_162335_1CS月瀬縮小.jpg


茅の輪くぐり

どうしたものか左側の要領の説明を読みながら立ち止まっている私に宮司さんが近寄ってこられ、先導するように「水無月の 夏越(なごし)の祓ひする人は 千歳の命 延ぶといふなり」と唱えながら左・右・左と三度まわり始められた。私は当然のように従った。とっさに8月に帰ってくる孫娘の顔が浮かぶ。二人が無事に育ちますようにと願いを込めた。思いがけない事であったが宮司さんの先導つきというめったにない幸運に恵まれた。ご利益間違いなしの茅野輪くぐりであった。


IMG_20160716_162513 (1)月瀬縮小.jpg


木戸の案内

頂上には「神輿がましましているらしく階段の登り口には祭壇が設けられていた。本来ならお参りすべきであるがそれもならずと、裏庭へ。

木戸には銀盃草の時と同じように案内がしてあった。鹿の子百合咲くを知らせるほのぼのとした風情が漂っている。

IMG_20160716_162618 (1)縮小.jpg

鹿の子百合全景

裏山の斜面一杯、風にそよいでいる風情が何とも言えない。

IMG_20160716_162655月瀬全景縮小.jpg

フォーカスオン

IMG_20160716_162831 (1)月瀬縮小.jpg

以上

nice!(0) 

国連アフリカ施設部隊早期展開プロジェクト講師派遣活動の広報誌に思う [名リーダーを思う]

表記講師が派遣されて1か月過ぎた。どうしてるかな、と気になりだした頃、その活動状況を紹介する第2施設群からの広報誌が届いた。Aー4、4ページのカラー写真主体の編集であった。これを拝見した私はすぐこれを手にした家族のことを思った。さぞかし安心しただろう、と。


出国時の高揚した思いや不安を思い出したであろう。

img121出国縮小.jpg

しかし、活動状況が良く分かるように詳しく分かりやすい説明を読み、きれいなカラー写真、しかも全員が顔を出している、明るい表情の自分の夫や父親を目で確認し何をしているかが分かり安心したであろう。

img118準備縮小作図.jpg

作図img119活動縮小.jpg

最後のサプライずズは愉快だ。説明も良い。某中隊のアイデアらしいがほのぼの感が漂い、自分の夫や父親の照れたような顔を見てくすっつと笑いを漏らしたであろう。

img120父の日縮小作図.jpg

1科長以下の広報担当者の力作に敬意を表したい。そして2施群長園林1佐はこの広報誌に手応えを感じたことであろう。地道に誠実に粘り強く家族との絆を築き、精強2施群を錬成してきたその歩みの、である。


私は2施群の行事に参加してきたので多くの家族との一体化行事を見聞してきた。昨年の創隊60周年行事では家族も含めた餅つき大会、餅まき、そして(餅の中の抽選券で)抽選会を行い、大好評だった。駐屯地夏祭りや花見には家族を招待しともに楽しんだ。日出生台演習場定期整備の場を活用し、家族見学会を開いた。夫や父親がどんな仕事をしているかよくわからないという声を受けてのものである。その声は今回の広報誌にも生かされている。

以上

nice!(0) 

鹿の子百合の花便りにひかれて [マイファーム雑感]

始めに

ぼつぼつではないかと、H28.7.4夕方月瀬八幡宮を訪ねた。折よく宮司ご夫妻は居合わせ、丁度広い境内の草取り、昨日の祭りの跡片付けなどを終えられたところであった。

花は如何に?と早速裏庭に。2輪ほど先駆けて咲いていた。本社は階段で100段ほど上がった裏山(猫城址)の上、裏庭はその岩場の急斜面も取り入れている。そこ一杯に群生し、蕾も揃って大きくなっていた。咲き方準備よし、の風情が見てとれた。さぞかし見事でしょうね、と私。この調子では⒛日頃がピークかな、と宮司さん。

IMG_20160704_170831縮小.jpg

IMG_20160704_170936縮小.jpg

ここの草取り・手入れは足元が危ないので大変だな、と思いつつ眺める。忍び寄る年波に抗して、頑張っておられる宮司さんご夫妻の姿が浮かび自ずと敬意が湧いてくる。

単なるお手入れではなく、参拝に見える方の心を和ませるためが主であろう。毎年見学に来られる方も多いという。その方たちの楽しみにも添うお手入れでもあるから大変だ。

その気配を察したかのように氏子であり同級生のY君とN君が一日手伝いに来てくれて助かった、でも怪我でもさせたら申し訳ないので気を使った、と宮司さん。思わず手を出したくなる周囲の人に恵まれている。これも人徳!神(に仕える高貴な生き方をしてきた者に神が許した)徳!

そういえば案内看板はまだ出ていないが・・・。


奥座敷から庭を見る。この眺めが良いし好きだ。しかし、今日、視線は床の間の掛け軸に釘づけ。

しずお祖母さんが八十八歳のお祝いの席(昭和34年頃)で詠み当時の列席者に配られた短冊を仕立てた由。特別に鹿の子百合に愛着を持ち、大切にされた方らしい。句にもその気分が現れている。鹿の子百合が咲き出す頃、今年も綺麗に咲くようにとの願いを込めしずお祖母さんを偲んで、このお軸をかけるのが恒例だそうだ。

IMG_20160704_170143縮小.jpg

「鹿の子百合の年忘れず土用の内に咲を見てをよめる  いつの世に 誰(た)がうえつらむ 築山の 岩間に薫る百合の ひともと  八十八志ヅ」

子供のころ遊びに夢中で鹿の子百合の中に踏み入り、日本髪をふるわせて良く叱られたものです、と宮司さん。甑島にも群生があるらしく、それが宗像に伝わり、どういう経緯でか当地に伝わった。江戸時代或いはもっと古いかもしれない。宗像では各個人の家にも沢山生えており季節にはあちこちで咲きぶりを目にするとの事。

当時配られた短冊を大切に保存し伝えて頂いている親戚の方もある。当家の掛け軸を見て、話が繋がったとのこと。お祖母さんの思いを大切に残し伝える。鹿の子百合への思いは深い。宮司さんの家系の奥深い雅な心が伝わってくる。

良し、満開のころに再見、と心を残して奥座敷を後にする。奥様から風蘭も今です。ご覧ください、と軒端を指さされた。八剣神社の大楠の梢に風が運んで根づいたものが台風のときに落とされ、それを境内後片付けの際、持ち帰り、当社で大切に養生してきた由。なんという奇種!本来高い木の上で風に耐え、風に委ねて楚々で凛と咲く。

IMG_20160704_180426縮小.jpg

話はここで終わらない。八剣神社といえば、中間市中底井野出身の月形潔氏の生誕記念の碑の除幕式が先月28日に同所(正確には中底井野公民館用地で)行われたばかり、とのこと。その模様を聞いた私は興味を覚え、再度奥座敷に戻り話を伺った。女房殿から無遠慮にも程がある、早く帰れ、との着メール。でも話が聞きたい。

明治の頃、北海道月形町に刑務所を作る事になり同氏がその任に当たり、その功恩を当時の方が記念して町名に同氏の名を冠した由。町名に名を冠する。なんと素晴らしい人物であろうか。北海道には出身の方の多い地名を市や町の名につけたところは多いと聞くが人の名はあまり聞かない。月形潔の生き様が知りたい。その碑建立にいたる経緯が知りたい、宮司さんを含め関わった方の思いなどが知りたい・・・。

帰途、中底井野公民館(八剱神社隣地)に立ち寄り、確認。

縮小IMG_20160704_182426.jpg

風蘭が取り持つ風雅な縁で月形潔に行き着いた。満開の鹿の子百合再見同様今少し思い旅を続けたい。


nice!(0) 
メッセージを送る