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第2施設群創隊61周年記念総合戦技競技会を見学して思う [名リーダーを思う]

シンプルな銃剣道競技会を記念日としたシンプルさに奥深さを感jじた

表記総合競技会のうちで、3月5日に行われた銃剣道競技会を見学した。6ケ中隊の総当たり、各中隊10名(幹部1名、曹5名、士4名)編成。熱戦が続いたが327施設中隊が優勝した。その競技会当日が61周年記念日であった。

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会場の熱気の中に身を置くと不思議に打倒〇中隊と叫び一心不乱に励んだ遠い日々を懐かしく思いだした。目の前の競技者である隊員に限りない親近感と信頼感を抱いた。汗臭い防具、顔をそむけたくなる面の独特の臭気などここを克服しないと選手としての道は拓けない。左半身に構え、前へ出たり、後ろに下がるほぼ一線上の窮屈とも思える進退。相互に間合いに入ったら素早く刺突。対する相手より一瞬でも早く正確に部位を突く。心技体揃わないと有効とは認められない。一連の動きは独特でシンプル。しかしシンプルなだけに勝機をつかむ機眼・胆力・平常心・熟練した技など人を練る武道としての奥行きは深い。これに自衛官としての生きがいをかける、心から尊敬出来る隊員を何人も見て来た。

競技は選手に重荷を負わせる。中隊の代表として勝たねばならない、勝てないまでもおかしな負け方が出来ない思いは個人に修練の動機と執念を植え付け、一回り大きく成長させる。個人に限らずチームとしても団結し、支える側にまわる隊員は練習に専念できる環境作りに意を用いる。中隊の団結・規律・士気は一段と強固になる。

会場には伝統を思わせるものがあった。中隊の応援旗である。心ある先輩が後輩のために寄贈している。勝て、中隊の名誉にかけて頑張れの激となっている。大きな歓声が上がると呼応して旗が動く。まるで生き物のように感じた。

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シンプルな銃剣道競技会を記念日に重ねたシンプルさに隊員主役の簡素剛健の精神を感じた。実に奥深い記念日であった。第2施設群に栄光あれ。

24年ぶりの漕舟競技会

総合競技会の他の競技は持久走(2月23日)、漕舟(2月24日)、射撃(2月25日)であった。3つとも湯布院の368施設中隊が優勝した、との事。3日連続の競技会。嫌でも隊員は集中し大変などと言っておれない大イベント。中隊勿論群も年度初めからの取り組みが問われたであろう。多忙を極め、勢力減少の流れのなかでは相当強い意志が必至。どこも負けたくないのだから。遠い湯布院の中隊に優勝旗を全部持って行かれた各中隊の悔しさが目に浮かぶ。逆に368中隊の得意も・・・。以上の結果についての写真が掲示板に掲げられていた。そのうち漕舟競技会に目が留まった。、

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24年ぶりであるという。場所は24年前に同じく直方市の菜の花大橋付近。飯塚にいる第2施設群が平素遠賀川で訓練しないで災害時お役立てるか、との思いで河川事務所にお願いし実現にこぎつけた思い出の地・漕舟訓練であった。ここ一帯はかって30年おきぐらいに大洪水が起き堤防の決壊があった常習地。地元の方々も言い伝えが残っており災害への備えの重要性を固く認識され、自衛隊の訓練へのご理解と協力も半端ではない、と感じた。

ここで隊員の錬成ができ、競技会という真剣勝負が出来、中隊【チーム】の団結を固め、そのうえ地元の安全・安心のお手伝いが出来る。良い場を作って頂いた。なんといっても片膝をついて櫂をこぐ操作はきつい。膝は痛い、息は上がる。櫂を揃えてこぐ力を最大に且つ10数分続けなけらばならない。体力差はあるが弱いものに合わせるのではなく弱いものが限界まで力を出す。勝ち負けが明白だから気が気ではない。だからチームワークを磨く良い訓練になる。隊員は強くなる。第2施設群長圓林1佐に心からのお礼を申し上げたい。これからもぜひ続けて頂きたい、と心底願った。

新隊員特技課程(昔の新隊員後期課程)で漕舟訓練も流水での漕舟訓練は遠賀川と聞く。これから自衛隊で生きようとする新隊員が遠賀川で訓練して地元貢献意識も若い時から併せ持つ。自衛隊の方から地元に入って行く意識を持つ。PKOで新しい分野を切り開いたおおもとはこの精神ではないか、素晴らしいと思う。これもぜひ続けて頂きたい。

終わり
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飯塚駐屯地開設50周年に思う [名リーダーを思う]

始めに

飯塚駐屯地は昭和41年2月21日開設され、本年開設50周年を迎えた。ある事情から私は当時の事を調べ、当時の多くの関係者に話を聞く機会を得た。これらを通じ該駐屯地の部隊・隊員が創設時の心がけを守り、変化する状況に適応させ、今に至った確かな歩みを知る事が出来た。一時機には施設部隊に在籍した身ではあったが、高射部隊に注目し、全体としての大きな流れとして掴んだのは今回が初めてであった。その確かさを書きたい、部隊・隊員がその任に真剣に取り組み・果たす”真姿”を一部でも伝える事が出来れば本望、と思った。

飯塚駐屯地と『創業守文』碑

駐屯地は施設部隊主体で開設をした。駐屯地司令は第2施設群長であった。第108施設大隊が小倉から第2施設群本部が小郡から移駐した。46年以降第3高射群が新設、48年には第2高射団が新設され、駐屯地司令職も移管し現在に至っている。創設に伴い『創業守文』の碑が設けられた(1号隊舎西側舎前、陸幕長天野陸将記銘)。碑の意味するところは①筑豊を練武の地とする。②(産炭地振興を受け)地域と共に歩むの二つと言い伝えられていた。当初から居た施設部隊、後からできた高射部隊それぞれが『創業守文』の意を体して、任を果たし続け、今その意を深化させている。

施設隊員の任の果たし方

移駐に先立ち第108施設大隊を基幹とする部隊が39年~41年にかけ同駐屯地を造成した。総工事量36万立方メートル。又第3高射群の新設に伴い、同駐屯地内に訓練場を作る事となった。第108施設大隊がこれも担当した。総工事量46万5千立方メートル。合計81万5千立方メートルであるが、これは108施設大隊が昭和31年に新編され、昭和48年廃止、新生第2施設群となるまでに行った部内工事103万立方メートルの約80%にあたる。第108施設大隊は飯塚駐屯地を作り、同高射部隊の訓練場を作る事が大きな任であった、といえる。工事を巡る環境は厳しいものであった。新設時の宿舎は作業現場の仮設、自然のままの冷暖房完備。内陸気候で丘陵錯雑地、風のない夏の酷暑と冬の寒さの厳しさは語り草であった。しかし先輩は環境の厳しさはかえって鍛錬の場とたくましく乗り切った。施設部隊は工事が任務であり所定の工期で所定の規格のものを見栄え良く作ることに全員が燃えた。そこは隊員や部隊を教育訓練する絶好の場であった。この地をまさに練武の地としたわけである。西山訓練場の取得(昭和46年)開設(昭和55年)にあたっても施設部隊は測量・境界確定・進入路拡幅等の工事を行った。特に地元に感謝し、そことの協調に意を配った。地元もまた良く配慮して頂いた。安定工事・安定使用の道を拓いた。

施設部隊は筑豊の地での災害派遣や部外工事等を果たしつつ、その理解の下、カンボジア、東チモール、イラク、ハイチ、南スーダン等のPKO等の与えられる任を悉く果たした。未知の困難を克服し、成果をあげた。相手国民の立場に立った親切・丁寧な作業は現地住民の信頼を勝ち得、日本国の国益を増進させた。積極的平和主義の大きな柱に育てた。大震災にも派遣された。特に第2施設群の東日本大震災での福島原発事故3km圏内での献身的行動は余り知られていないが没我支援の極致であった、と思う。


高射隊員の任の果たし方

高射群(ホーク)新編が決まってから反対行動が起こり、デモ等が市内・駐屯地に押し掛けた。その中で該部隊・隊員の心の支えはいつかホークが必要になるときが来る。来てほしくないが、この日に備えてひたすらこの地で腕を磨く、であった。施設部隊が作った訓練場で腕を磨く、であった。

そのひそかな高射(ホーク)魂はアメリカにおける年次射撃において毎年成績優秀を勝ち取っていた。米国の同盟国(ホークを導入していた多くの国)もまた同国における年次射撃を行っていたので世界一の練度であった。これを続ける強い意志と努力が高射の全隊員にあった。

今第3高射特科群に中SAMが配置された。世界一の性能を持つ素晴らしい兵器であるらしい。この兵器を世界一の精鋭第3高射特科群が使いこなす。将に理想であり、防衛の空白地帯である南西地域を含め国土防衛の決勝兵器になるに違いない。この自覚をもって防護性を高めるための各種施設の構築訓練や指揮・統制・情情等の機能発揮にも施策を工夫して欲しい、と思う。構築訓練は第2施設群との共同で・・・。


そいう精強な高射部隊がいることが真の地域と共に、である。国土防衛の安心・安全を与えることが、この地の人の誇りであり、その誇りはいざというとき任を果たす大きな期待となる。その期待が又隊員の明白な励みとなる。

高射団長が駐屯地司令となって以降も”地域と共に”の為、災害派遣や部外工事及び地域の行事支援等を精力的に行い、地域との絆をより強くした。細部省略。

任を果たす心の根底

服務の宣誓にある『・・・事に臨んでは身の危険を顧みず専心職務の遂行に当たり…』の”身の危険を顧みず”は自衛官だけに求められる精神であり、使命感である。自衛官はその実践者である。これは実に尊い事である。国家が国の危急に際し顧みずの精神を要求しそれに隊員が応える。最近自衛隊を国民の90%超が必要と認めている。そこが理解されてきたから、と思う。

確かな歩みを作ったもの

厳しい局面でわが身を顧みず職務を果たす隊員、地域・高射隊員等の為没我支援に徹しつつ腕を磨いた施設隊員、削減縮小の中PKO等新たな活動の場を拓いた施設隊員、ひたすら腕を磨き実績を出し続けた高射隊員、高射の必要性を訴え続けた隊員等挙げればきりがない。私は服務の宣誓に”顧みず”の文言を入れた人、真に国を思う人も挙げたい。

終わりに

昨年の防衛大学校土木専攻者の同窓会で、同大香月教授が壇上で口籠り涙ぐむ場面があった。その時の心境を後に私に語られた事があった。土木学会賞を受賞されその表彰式を終えて会場に到着直後であった。いろんな思いが駆け巡り言葉に詰まった。その思いとはようやく防衛関係者(防大出身者)であっても優秀な論文が受賞できる普通の状態になった。その言いたかった言葉とは東日本大震災のおかげです、ということであった。自衛官の献身的行動が国民の認識変革に大きなうねりを起こした、と身をもって感じたところを語られた。これを自分の関り、ささやかな、以降確かな歩みを進め、これからへも自らを信じて歩もうとしている後輩の皆さんへのエールとし、感謝の気持ちを表す言葉に変えたい。

追記

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一本松及び同記念石について触れておきたい。第108施設大隊が駐屯地を造成した際に、丁度切土と盛り土の境目付近に小さな一本松があった。それは”瑞兆”、と残すことを決めたそうです。その場所は今の体育館のあたり。体育館建設に際し現在の広報館に近接する広場に移設したらしい。石碑を建てたのは移駐時の前村稜威夫大隊長。

開設(移駐)当時、一本松は冊で囲ってあり、記念石と板書があった。

石碑には『大隊は 遠賀のほとり 大松の 岩根となりて 苔のむすまで 昭和四十一年二月二十一日』とあり、板書には『運良くも 生き残りたる 松一本 永久に栄よ 大隊と共に』とあった。

記念石碑文からは松の成長を駐屯地・陸上自衛隊・日本国の永続発展にたとえ、それとそれを大木になる迄支え続ける、岩根を受け止める存在であり続けたい、との願いが込められている、と感じた。板書はかすかに私の頭の中にあったものを当時の先輩や同期の方々の意見を聞いて再現した。当時の気分の一端でも紹介できれば、と記した。多分間違いはないと思うがより正確に記憶している人がおられたらお教え願いたい。

以上

陸上自衛隊幹部候補生学校におけるシバタ工業株式会社の上級管理職研修に思う [名リーダーを思う]

始めに

平成28年2月15日午後~16日午前、表記研修が行われた。これを見学させていただいた私は研修者各自が統率(リーダーシップ)についてそのならではから参考事項を学び・自己を見つめ課題を見つける貴重な機会を頂いた、と心からの感謝を覚えると同時に2点について大きな気づきを得た。その気づきは何故陸上自衛隊幹部校生学校にお願いするのか?の答えでもある。本稿はあくまで個人としての感想である事をお断りする。


前川原でしか味わえないもの、を感じ取る

総務部長の全般訓話(心のよりどころー自衛官の服務の宣誓や幹部自衛官の宣誓)及び資料館見学は大きな気付きを与えて頂いた。

陸上自衛隊幹部候補生学校(前川原駐屯地)は陸上自衛隊幹部の殆どすべての者の心のふるさとである。幹部になるための濃密な修行時代を過ごした候補生一人一人の覚悟、涙と汗と笑い、挫折と自信等の篤い、過ぎ去って見れば懐かしい思いが卒業生約5万5千人余分詰まっている。本物の同じ厳しさに身を置いた者達、60年の時空を超えて、ならではの共通のよりどころ、である。

すべての陸上自衛官は入隊にあたり宣誓を行う、『・・・事に臨んでは身の危険を顧みず職務の完遂に努め以て国民の負託に応える・・・』と。幹部候補生は同校の卒業、幹部任官に際し『・・部隊団結の核心となる・・・』と誓う。要するに幹部は命令で部下部隊及び隊員を危地に赴かせなければならない。幹部は透徹した使命感や責任感等の持ち主であることが厳しく求められる、その任の重さに打ち克ってよく勤め、一旦緩急あればよく任を果たす(戦い勝利を齎す)存在でなければならない。

学校職員は教官・区隊長始め裏方の総務部員等に至るまで全員が心を合わせて候補生教育に当たる。候補生の鏡として輝くよう励んでいる。資料館では国難に当たり身を挺して任を果たした先人について、その資料収集や展示の工夫に学ぶ熱意を感じ、教材課長の熱血溢れる先人の説明に心打たれた。

東日本大震災始め数々の献身的な自衛官の働きの核心には本校の卒業生である幹部が居た。事に臨んでは危険を顧みず、の実践がある。部隊団結の核心となる、の実践がある。そこに繋がったものは陸上自衛隊の幹部自らの修養・覚悟は勿論、その土台となった同校での修行並びに学校職員の教育・訓導とその積み重ねがある。

本研修は教導隊検閲や96期一般幹部校生(I)課程の総合訓練と重なった多忙な時期であった。しかし担当して頂いた総務部長以下の皆様方はそのことを微塵も感じさせずこの研修を実のあるものとするための努力を十分すぎるほど丁寧に行って頂いた。優れた研修資料の準備、研修者本位のカリキュラムの組み立て、細やかな接遇等に感謝の気持ちで一杯である。

前川原は修行や教育の聖地である。特に忠誠心・使命感・責任感等に注目しても、ここだからこそ上級管理職として感じ取れるものがあるはず・・・と思う。単に自衛隊との違いを認識するにとどまっているだけではもったいない。困難に立ち向かい任務を果たした人材の配置、厳しい営内生活、伝統行事、候補生教育、環境整備、心のよりどころ醸成施設(剛健の碑・雄たけび資料館、剛健大講堂)等すべてが候補生の資質養成という大目的に収斂している。依頼側からこれらに積極的にアプローチすることでその意義や効用がよりよく理解できる。研修時間全体の制約もあるので事前に焦点を定め準備して臨むことが必要である。それが陸上自衛隊・同幹部候補生学校の真姿のより深い理解と自らの研修目的習得により深く跳ね返ってくると思う。

陸上自衛隊ならではのリーダーシップからより深い気づきを得る

講義160分、討議120分という贅沢な時間を頂いた。教官は総務課長。講義ではリーダーシップ・状況判断・幕僚活動等自衛隊ならではのものについて企業でも参考になる事項をピックアップしてわかりやすく話して頂いた。討議の議題は『リーダーシップ』。リーダーとは、リーダーの教育に必要なものとは、指揮者の決心のありよう等について考えてくるよう事前に課題が出された。2組に分かれ、各組には指揮官経験者の自衛官の課長・班長が加わり適宜アドバイスを行って頂いた。活発な深みのある討議が行われた。

各人毎に陸上自衛隊の真姿についての理解が進むと同時に研修の狙いとするところについて多くの気付きが得られたように思えた。これだけの贅沢な時間を作って頂いた事に感謝すると同時に、これから先は講義で啓発頂いた事項をもっともっと吸収し、討議での各人の気づきを更に深める等にどう取り組むかが依頼する企業側の課題、特に事前の焦点指向等が必要と思った。

終わり

以上2点について、2年目にして始めて、依頼側からの研修に取り組む方向性に確信が持てた気がした。自衛隊はミリタリーに関し合目的合理的な組織であり、民とは異なる点が多くよほど関心を向けないと理解しがたい。しかし一つの例、純粋さに価値を置いた場合学ぶべき点は多い。上級管理職研修を陸上自衛隊幹部候補生学校にお願いする事は極めて有効である。候補生学校の任務遂行の余力、広報活動の一環であることを踏まえ、依頼側の努力、企業の切実な課題に基づくニーズを明らかにする等で真に同校でなければならない事をお願いすべきである。そうする事で時代の要請に応える、陸自が培ってきた知見を民に還元するお手伝いにもなると信じる。改めて陸上自衛隊幹部候補生学校のご好意とご配慮に心からお礼を申し上げます。




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