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第8師団創隊記念日行事テーマー地域と共に、漲る力と深い絆ーに思う [名リーダーを思う]

始めに

当該記念日行事は4月26日行われた。頗るの快晴。その場に居合わせた私は表記テーマについて、心に響くものがあった。

地域と共に

隊員が運営する模擬店通りは混雑・繁盛しきり、その両側の木立広場【庭】は来場した大勢の人々が模擬店で購入し或いは持参した弁当を広げ、和楽の空域となっていた。笑顔が弾け楽しげな会話が弾む光景は”地域と共に”がしっかり根づいている証である。我々が守るのはこの方々とその和楽なのだ・・・

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漲る力

観閲式での連隊旗6本は圧巻、陸自師団唯一。10式戦車の展示ではその性能の良さに限りない安心感を持った。

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深い絆

アトラクションで衛生隊の女性隊員、4人によるヘリからのロープ降下があった。衛生隊員がヘリ降下?しかも女性? 始めて目にした光景。然しよく考えれば戦況酷烈になれば傷ついた戦友を救う為誰もが救護活動に当たらねばならない。懇親会食時降下した8後方支援連隊衛生隊のF3層の話を聞いた。やることになったから誰かやらなければならないならと全く自信はなかったが手を挙げた。女性の代表という積りでも頑張った。2週間前位から訓練を始めた。降下訓練台で基本訓練を行い、実際のヘリからは10回位降下した。最初は恐かったが段々自信がついてきた。本番は緊張したが楽しかったです。

後で分かったがこの発意者は山之上師団長。女性がもっと活躍する訓練【展示】が出来ないか、との投げかけで数案の検討の結果ヘリ降下に決まった由。上からの(師団長の)指示・命令とあれば進んで従い、前向きに頑張る。F3曹の言動に師団長~部隊長~一隊員の絆の強さを感じた。

追記

見直して何かインパクトが足りない、と感じた。何が?・・・山之上師団長の篤さ、が心に響いたその心の風景を書いてないから、ではないか・・・。

それは式典冒頭の訓示にあった。

その訓示で3つの篤さに感じ入ったのだ・・・。

一つ目、訓示冒頭から数分間隊員は直立不動の姿勢の儘。師団長が地域の方々を含む関係者全員にお礼を申し述べている間であった。その真心の挨拶が終了するや、指示『休ませ』が掛かった。全員でお礼の心を込めていたのだ。

二つ目、3つの誓いに心が震えた。1番目、終戦70年を機に天皇陛下が慰霊に訪れられたペリリュー等に触れ、その隊長村上大佐は熊本県人である。その村上大佐は原住民のすべてを退避させ、日本帝国陸軍軍人だけで任務を全うし玉砕した。その心を引き継ぎ真に地域を思い、戦える部隊を作る、と誓った。2番目、熊本縁の宮本武蔵に触れ、一生涯一回も負け無かった武蔵は必勝の執念と周到な準備で戦いに臨み勝ち続けた。我々も如何なる任務が付与されても必ず任務達成できる(勝つ)部隊であり続けるよう精進をしづける、と誓った。3番目、自衛官の服務の宣誓通りの誓い『・・(筆者略)ことに臨んでは危険を顧みず身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える事を誓います』を訓示の最後に行った。

三つ目、戦後70年の節目に合せ、熊本縁の人を例にして訴える力があった。

この師団長の篤さが前述記念日テーマの背景にあったのだ・・・・。
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陸上自衛隊幹部候補生学校・(前)学校長前田将補離任に思うー最後の発信から伝わるもの [名リーダーを思う]

始めに

3月30日付で異動されることとなった(前)学校長前田将補を離任前の慌ただしいときに訪ねた。その非常に限られた話しの中で、心に響くものがあった。それを堀りさげたい、と会話に登場した資料を拝読させて頂くようお願いした。以下はその拝読所見である。

一つ、心に響いた何かを掘り下げたい

前田学校長の候補生教育への締め括りの思いは自主自律であった。候補生が、自ら困難に立ち向かい自らの力で克服する。問題の所在を自ら発見して取組み、自らの知恵で解決する等の精神を持ち、型や殻を自ら破り次第に重くなる責務に適応出来る(成長し得る)素地を持って卒業し、幹部としての(修行の)道を歩み始める。これが本校における仕上がりの姿である。

この精神は幹部としての矜持の強弱に大きく左右される。従って、本校では幹部としての矜持の保持にすべてを帰結させる教育の重視を要望した。自分が幹部としての矜持を具体的に持った原体験は空挺勤務時にあった。空挺基本降下課程においては幹部であろうと陸曹であろうと同じカリキュラムで同じように扱われるが、時間外は幹部学生は敬意を込めて扱われる。理由を被教育者であった学校長《空挺団長》が尋ねると敵後方に降下した後は幹部の作戦指揮能力に空挺部隊の成否が委ねられるからその責務の重さ、に対する敬意であるという意であった。しっかりしなければ・・・、と思った。

話の大要は以上、【登竜門】の最終号での発信をもとにしていた。【登竜門】は校長としての色々な思いを候補生や職員へ伝える為に着任当初から続けているという。同様の試みを空挺団長【タイトルは挺進赴難】、第12連隊長【タイトルは不易流行】時にも発信した、とのこと。

上記話に幾つかの心に響くものを感じた私はもう少し掘り下げるべく、上記3つの資料を読ませていただくよう、お願いした。生憎「不易流行」は手元に無い、との事。勿論支障のない範囲でのお願い、である。

余り時間を置きたくないので記憶の新しい処で書き始めたい。以下私の感じた点に絞らせて頂く。前学校長前田将補が意図する処とは程遠いものになるかも知れないがお許し願いたい。

二つ、二つの資料に目を通して

一つ目、前学校長前田将補の幹部自衛官”道”を思う

ブログ『第1空挺団初降下ー団長の自由降下に思う』で其の最後を「前田団長にとっての20年は”国家のいざ”では、何時でも何処でも飛び降りて見せるぞ、の覚悟を新たにする日々の積み重ねであった、に違いない。 」と締め括った。あの時点では全くの想像であったが2つの資料を読み終えて、的を得ている、との感想を持った。

先ず読み取れたのは最精鋭の空挺部隊を希望し、戦士として戦技・体力など全く隊員と同じ行動が出来(自由降下資格や空挺レンジャー課程終了等)、その上でリーダーとしての高い見識や力量、特に決断と命令などの戦機に投じた指揮運用力や畏敬されつつも慕われる人柄等を身に着けるべく努力してきた歩みである。その背景に高い志と幹部自衛官としての矜持。有事役立つ強い部隊・隊員作りの先頭に立つ使命感と気概等が窺える、のは勿論であるが全般の記述上この程度でとどめる。

つまり防大入校以来の初心を貫き、一流の戦士であり一流のリーダーたらんと修養してきた歩み、がある。

その道の中で大きな比重を占めるものがある。

それは、自主自立の精神である。

空挺団訓練始めでの自由降下挑戦等自ら困難に立ち向かい、常に問題意識を持ち、納得できない時は上司の処に乗り込み意見具申を行った。簡単にあしらわれたがひるまず食い下がった。分からない事は相手が誰であろうと素直に指導を受けた。自ら考え抜き、得心したら血肉とする、を愚直に続ける事が将来の難問へ立ち向かう大きな力となり得る、を信念として持った。それは中隊長時代の修親投稿記事で述べているように、若手幹部時代における精到な訓練の専念・追求を通じて確固たるものになった。だから最後の締めくくりは自主自立だった、のだ。

戦技(戦闘行動や武具の操作技術)への関心を例にとると、戦技の理について、空挺動動作の肝心要は飛び出しよりも降着動作にある。何故なら降りた後の戦闘行動が目的であるから、と突き詰め(疑問と答え)ている。同様に降下飛び出しの際,45度膨らませているがおかしい。何故ならぎゅうぎゅう詰めの機内で其のような余裕はないはず、と実戦の理・訓練の理についても突き詰め(疑問と答え)ている。他の事項についても同様であるがこれくらいで止めておく。

候補生教育においても小隊長と一般の隊員との射撃動作が違うか否か。戦いの備えとは如何なるものか、武装障害走における装具落下防止処置を例に考える。何故50KM、100KM行進を行うのか。候補生教育で行う組長動作は幹部としての判断・振る舞いが表れてしかるべきではないか等々について何処に理があるかを提示(疑問)し突き詰め(答え)ている。

自主自立の実践を絶え間なく続ける。その姿が候補生の鏡となっている。

二つ目、発信力を思う

ブログ『NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う』で「図らずも部外者・国民の多くの方への大きなメッセージという副次の効果を挙げた、と思う。これこそ将に大いなる精神は静かに忍耐するの実践ではないか、そんな気が強くしている。」又ブログ『市民安全保障講座『60年目の幹部候補生学校~伝統の継承を意識して~』に思う』で「ものを思わせ、考えさせる前田学校長の発信力は凄い。」と締め括った。

候補生に話してるにもかかわらず部外者の多くが感動する。言葉の奥深さに知的好奇心が頭をもたげる。それらの根源は何か、を思う・・・。

・・・今何をどう行うべきか、を考え抜き、金言道の引き出しから最もふさわしいものを撰びだす、を答えとしたい。

一番目、今何をどう行うべきか、を考え抜いている

学校長としては60周年をどう候補生教育に活かすかの視点である。そしてどういう言葉で伝えるかに全エネルギーを注入する。即ち入校式や記念行事或いは学校長講話等の場での訓示・訓話に自らの知恵を絞る。折からのNHK取材にはそのやったこと、作り事ではない信念について取材を受けた。候補生や職員が感動する。その輪が広がったのだ。

今意味が分からないかもしれないが将来必ず思い当たることにぶつからはずだ。その時にこんな事を話した学校長がいた、と思い出してくれるような贈り物をしたい、とのロマンも感じる。

空挺団長としては訓練始めを隊員の練度向上や統率にどう活かすか、の視点で、離島防衛のシナリオでの降下・戦闘を企図した。始めての試み、当然隊員は必ずしも普段通りではない未知の動き、チャレンジを要求される。しかし空挺団長自らが邪気なく自由降下に挑戦する姿が隊員を励まし意欲を振起する。挺進赴難の精神を全員が共有して事を為し、抑止と言う大仕事を成した。その姿が感動を呼んだ。

以上に限らず、普段の、今の諸々をどう伝えるか、教育するか、を考え抜いて「不易流行」「挺進赴難」「登竜門」を書き続けた。その努力・熱意は前述の自衛官道の篤さ・確かさと相まって、大きな発信力を作る根源である。

二番目、金言道

防大入校以来、日記の最後に心に響いた、思い当たる事や意味をもっと突き止めたい等の金言を書き留めている。その数250を超えるという。そのジャンルは大学人・学者・宗教界・軍人・政治家・経営者・作家・芸術家・職人等と多岐に亘っている。それらを適宜取り出しては自省・教育・訓話・論旨の強化等に活用している。その引き出しの多さはメッセージの多様性を意味している。又目線の高さや深さをを反映し、その用法と相まって隊員に限らず広く共感を呼ぶものとなる。金言は夜ではなく、朝書き出しているらしい。その理由は定かではないが推測するに夜は隊員との交流?や仕事に充て、朝ピュアな心で金言に集中する、の意ではないだろうか。

金言の効果について

ブログ『NHKスペシャル「60年目の自衛隊 ~現場からの報告~、大いなる精神は静かに忍耐する」、に思う』から以下を再掲し説明に変えたい

学校長は実に大きな仕事を二つした。先ず1つ、たった一つのフレーズで自衛隊の60年はこれです。これから先も(役割の変化でより難しい状況となっても)精神は変わらず務めを果たす、と言ってのけ、視聴した大多数の人にそのしんし(真姿)を納得させた。

二つ、同時にたった一つのフレーズで、視聴した人に、暗に気高い志がありますか?その志を果たす為忍耐する事を知っていますか?と問いかけ、一人一人はその胸に手を当て感じるところがあった・・・。
その感じた何か、例えば冒頭の『日本人の魂そのもの』、が自衛隊のしんし(真摯)さへの納得、共感の感情を呼び起こした。(以上再掲)

福島大尉は偕行社課題論文「降雪及び積雪の戦術上に及ぼす影響」に於いて自らの優れた八甲田山雪中行軍などに触れず沈黙をしたまま、戦史や格言のみで論を構成して応募した。罫紙108枚(規定は罫紙30枚以内)4.3万字の大作を3ヶ月弱で仕上げ、優等賞を得た。戦史引用92件。格言(註:金言の事)引用39件。

引用・活用する事例(教訓等)や格言を蒐集整理する作業は一朝一夕に出来るものではない、普段の地道な取組がありしかも整理・整頓されていたので花開いたわけである。前学校長前田将補の長年にわたる地道な研鑽にも思いを寄せ、敬意を表したい。

以上
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