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自衛隊応援クラブ22号(平成27年12月号)「陸上幕僚監部防衛部長前田忠男陸将補スペシャインタビュー」にフォロワーシップを思う [名リーダーを思う]

フォロワーシップについての金言は陸上自衛隊に当てはまる

表記記事を目にした私は記事中の囲みの一つに目を留めた。それには

大いなる精神は静かに忍耐する
 東日本大震災に際して、当時大阪大学の総長だった哲学者の鷲田清一さんが引用された「請われれば一差し舞える人物になれ」という言葉が、私の記憶に残っています。これは文化人類学者である梅棹忠夫さんが、亡くなられる直前のインタビューを締めくくられた言葉だそうです。もしリーダーに推されたときには、いつでも「舞える」よう、日頃から準備をしておけということです。
 この言葉は、まさに陸上自衛隊に当てはまるものだと思っています。積極的な活動はもちろんのこと、さらに国民のみなさんに請われれば、差し舞うだけの準備はできています。淡々と日々の訓練をこなし、しっかりとその実力を蓄えているのです。

とあり、フォロワーシップについての金言と受け止めた。

 鷲田清一大阪大学総長の式辞(H23.3)では市民生活特に公共的な生活に於ける集団とそのリーダー及びそのリーダーをケアするフォロワ―の在り方について述べられ、「請われれば一差し舞える人物になれ」はフォロワーシップについて語られた文脈の中にあった。この考えは、国防・安全保障という公共の課題に対する陸上自衛隊という集団と置き換えると前田将補が語っているようにまさに陸上自衛隊に当てはまる、と私も感じた。

フォロワーの考え方

 ここでいうフォロワーは後ろに控えているが何時でも前へ出れるものという意味である。陸上自衛隊は国家の最後の砦という位置づけであり、普段は後ろに控えているがいざでは、前へとなる。国家は命運を託すに足る人物にそのいざを委ねる。託されたリーダーはその時に備え用意を怠らず、知恵の限りを尽くし勝利へと導く。

防衛大学校生活でフォローワーとしての原石を磨いた

 前田将補は防衛大学校学生時の断郊競技について触れている。全員参加の3年生時の断郊競争は私の経験では大変きついレースであった。そのきつさはアップダウンのきついコースに加えて最後の者がゴールした時がチームのタイムとなる競技の特性にある。即ち同じ力のものが走るのでその日の調子によってバテルものが必ず出るし、いつも同じものがバテたりする。しかもコースの一番苦しいところで発生する。バテてレースを放棄することは出来ない。ゴールしなければチームはもちろん大隊対抗なので大隊も失格となる。そこでバテた者の背嚢を持ってやり、叱咤激励して這ってでもゴールを目指すことになる。そうこうしているうちに、そんな余裕のある者はいないので別の者や背嚢を持ってあげた者がバテたリする。請われた前田学生は本来の自己の走力以下の第3分隊長となりバテそうな隊員のフォローをし、それどころか全体で4位の好成績を収めた。本来早い分隊で勝負したかった自分を押さえ責任者の指示に従った。見込まれたのならそれに応えようと大隊の勝利への貢献を優先した。
 体力さえあれば誰でも出来ると思う方がいるかもしれないがとんでもない。きつさは同じである。その時に他人の背嚢を持ってやる人は”かみさま”である。私がバテた時、背中を押し励まし続けてくれた同期は”かみさま”であった。それだけでも”かみさま”であった。爾来そいつが何かやるときは協力を惜しまなかった。それどころかの好成績には大きな意味がある。足を引っ張る者が逆に牽引車となるプラスの力を引き出したに違いない。体力だけではない推されるに値する力が既に備わっていたのだ。

終わりに

 「大いなる精神は静かに忍耐する」のおおいなる精神とはここで述べたフォロワーシップである。最後の砦として、いざに備え黙々と務めを果たし続ける国家のフォロワーたる陸上自衛隊の使命とそれを自己の精神の琴線とした心ある陸上自衛官の心映えである、と私はこの記事をみて思った。
 また二つの金言提示は自分の専門外の専門家のそれに反応し、心に響いたことを、ミリタリーの専門家として他の分野の方々に対し発信するというスタイルである。防衛基盤をより新しくより大きくするという点で関心の向け方や発信力の在り方について鷲田式辞にある自分の専門外の専門家に対する、外向きの、説明の在り方に通じるものがあると思った。
 最後にこの読者は自衛隊の門を叩くかもしれない若者である。その若者に大きな志や気概を、自らの背中で示した。大変印象に残る、含蓄のある言葉のプレゼントで。
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