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57回書灯社展で頂いた感動の奥深さを思う [名リーダーを思う]

会場にて


表記展覧会が11月9日~14日までの間、東京都美術館で開催された。今回は作品を通じどんな山保さんに出会えるか?に興味津々であった私は時間をやりくりして11月9日訪れた。そこで新たな感動を頂いた。

それは山保さんの『風景との巡り合い』(東山魁夷)の一節を書した大作(無鑑査の部)の中にあった。

IMG_2854縮小.JPG

書で四季(春夏秋冬)を表現したかった、と山保さん。門外漢の私にはあまり聞いたことのない試みであり、今までに歩いた人がいない、それだけに難しい挑戦と感じた。

『風景との巡り合い』の”春、夏、秋、冬”夫々を語る文章と季節を描いた絵から春は芽吹き、夏は木々の繁りと草いきれ、秋は紅葉と枯葉と落ち葉、冬は雪と黒い木々をイメージして自分なりの季節感を書に込めたとの事。

暫く佇み書を鑑賞した私には以下の感想が湧いてきた。やがてそれは感動に変わった。

春は字の柔らかさやのびやかさと余白のゆったり感でらしい感じが出ている。
夏は勢いのある濃い字と余白を詰めてらしい感じ出ている。
秋はかすれ気味の字と余白を詰めてらしい感じが出ている。
冬はかすれた字とぼってり感のある字との組み合わせ及び広めの余白でらしい感じが出ている。

全体を通して春は上部が左上がりの余白、夏と秋は上部に余白なし、冬は左下がりの余白で四季の移ろいを表現している。

『風景との巡り合い』(東山魁夷小画集、新潮文庫)を手にして

私は山保さんのイメージした絵と文章を確かめたくて表記本を取り寄せた。そこで該文章が著者(東山魁夷)の”風景開眼”の中で人生観に目覚めた心境を語っている文脈の中にあることを知った。

それは八ヶ岳の気に入った場所、美ヶ森といわれる高原の一画の風景を年に10数回訪れ季節の巡りを興味を持って眺めていた春まだ浅い頃、雪のため頑丈な樅ノ木の枝でも折れているのに雪に埋もれ倒れたはずの細い芒が立っている。そのことを不思議に思った著者は春夏秋冬、その場に立ちその不思議に向き合った。そして冬には雪に下から徐々に埋まり遂には全部隠れてしまう。そして冬が過ぎ去るにつれ、雪は上から消えて、立った芒が姿を表す。著者はこの弱々しいものの、運命に逆らわないで耐えている姿に感動した。それは芒を四季を通して観察し風景開眼に到った歩みであり、無常観で生かされている自分、その中で精一杯生きたいと思っている自分の人生開眼を語っていた。

八ヶ岳の四季の風景が浮かび、書のイメージが鮮明になって、新たな感動が生まれた。


同時に、私は東山魁夷が風景画家として開眼したきっかけとなる光景を書き表す書、即ち芒を巡る季節の表現を通してその人生観を語る書も見たいと思った。

的外れで余計な感想かもしれない。しかしそうであっても、山保さんの進取性に敬意を表し、エールを贈りたいという思いに免じご容赦頂きたい。


審査会員昇格の知らせを受けて

毎日書道会(展)の審査会員(近代詩文の部)に昇格したと風の便りを聞き本人に確認した(12月15日)。本人は控えめに皆様のおかげですと多くを語らなかったが、インターネットで調べてみると読売書道展と日展と並び日本の三大書道展(会)の一つと扱っているものもあった。日展は別格としても書を目指す人にとっては凄い名誉な事らしい。彼女の書に対する情熱と努力を続けた姿を良く承知しているものとしてこの朗報を心から喜び、更に彼女のモットーである〝虚心に”道を究めて欲しい、と思っている。彼女の進取の精神といつも弟子や先輩に感謝している謙虚さ、に改めて敬意を表したい。

以上



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