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第15旅団創立記念日行事に積み重ねた隊員の献身を思う [名リーダーを思う]

始めに

表記記念日行事が平成28年11月20日那覇駐屯地で行われた。式典に先立ち沖縄県知事から第15旅団へ感謝状が贈呈された。その内容(要旨)は昭和47年創隊以来緊急患者を9000回空輸し、9300名の命を救った。35500件、重量にして延べ1730屯の不発弾を処理し県民の安全・安心に貢献した、というものであった。鹿児島県知事からも先月患者空輸に対する感謝状が贈呈された由。
前身の第1混成団及び第15旅団の真摯な使命遂行の輝かしい成果と沖縄県民の感謝と信頼が詰まっている、と感じた。この点につき感じるところを書きたい。

(注)実績は感謝状表示と異なり筆者の独断で概数表示した


1つ、第15ヘリコプター隊の活動について

当該隊が患者空輸を担当するのは鹿児島県・奄美大島から沖縄県全域の東西1000km、南北500kmの広大な区域である。その中に大小の離島があり、局地の気象はそれぞれことなる。緊急患者は時と所を選ばず発生するが、対応できる医療機関は主要な島に限られており、そこへの空輸が絶対必要である。その要請に応えられる機関は自衛隊に限られざるを得ない。何時如何なる時も出動し海を越え異なる局地気象を克服し、一刻も早く安全に送り届けなければならない、とそのための即応態勢を緩めず、訓練を怠らず使命を果たし続けてきた。命を救われた人やその身内及び関係者は自衛隊の献身への感謝と敬愛を事ある毎に口にし、言い伝え、その輪を拡げてきた。それを漏れ聞いたパイロット達は更に献身を誓い妻達は理解を深めた、という。それらが相まって今回の感謝状に繋がった。

献身といえば、切迫流産の危険性のある妊婦さんの空輸中にヘリ内での出産となり最短時間・経路を取りつつ安全飛行にも最大の注意をした話や潜水病の患者空輸に当たり大変難しい低高度飛行に神経を擦り減らした話も聞いた。遭難と紙一重の危険を顧みない使命遂行である

紙一重といえば2件の遭難事故でお亡くなりになった搭乗医師や殉職した自衛官の尊い犠牲があった。その霊の見守りも今回の感謝状に繋がった、と思う。霊を悼み且つ霊に感謝し再び犠牲者を出さない強い心があったればこそと思う。

2つ、第101不発弾処理隊の活動について

平成28年度自衛隊中央記念式典において第101不発弾処理隊の総理大臣特別表彰がれた由。平素の地道な職務遂行にも目を向けようとの官邸の意向らしい。画期的な事で陸上自衛官の士気も高揚し大変喜ばしい。

不発弾処理は危険との隣り合わせである。いくらベテランといえども信管の除去・不発弾の処理は極度の緊張を強いられ失敗が許されない。数十年地中にあって錆び付いていても生きているものが大部分。信管取り外し作業は鉄板や土嚢の囲いの中で行う。危険なものは住民を避難させてその場で爆発処理。第101不発弾処理隊は常時3名一組の3こチームを待機させ要請に応じ即応の実績を積み重ねてきた。該当地区の住民は不安に陥り避難や通行制限を余儀なくされ日常生活に大きな支障がでる。そして何より戦禍の記憶が蘇る。沖縄の戦後処理は未だ続いている。第101不発弾処理隊はそこに向き合い続け不安を和らげてきた。気がつくと県民とともに大きな安全・安心を築いてきた。それが今回の感謝状に繋がった。


終わりに

地理的特性から第15ヘリコプター隊の患者空輸の要請はこれからも続くであろう。沖縄の地中には米軍の航空機投下の爆弾や艦砲弾がまだ2500屯をくだらないという。第101不発弾処理隊への要請もこれからまだまだ続く。両隊の安全な使命遂行と沖縄県民の安全安心を心から祈りたい。最後に両隊の献身に現れている即応態勢・厳しい局面での旺盛な使命遂行意欲・高い練度は抑止の意味からも大きな意味を持つ、と付け加えたい。

以上


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