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国連アフリカ施設部隊早期展開プロジェクト派遣教官団帰国歓迎行事に思う [名リーダーを思う]

始めに

本年5月から国際平和維持支援センター(ケニア―・ナイロビ)に派遣されていた教官団が8月5日帰国した。それに伴う歓迎行事が同日陸上自衛隊飯塚駐屯地で行われた。その行事に参加した私は教官団長以下14名(施設学校及びCRFから参加の3名は既に解散)の元気な姿や言動に感じるところが多かった。それらを思いつくまま書きたい。

1つ、全員無事で任務を完全に遂行

ケニア軍工兵31名に対し重機の操作を教育し全員所定の練度に到達させた。その後ある想定の下でのインフラ整備の要領を体験させ、応用能力を高めると共に自衛隊としても事後の教育の資を得た。以上を慣れない過酷な環境下に適応しつつ完全に遂行し全員無事故で帰国した。


2つ、心を伝えた

充実した教育でケニアの人たちも晴れて国際協力の仲間入りが出来ると喜んでいる事であろう。特に出発前に作業の要点やコツをわかりやすく書きだした資料を準備し英語に翻訳して学科教育終了の時点で配付。被教育者は術科の際に、それを活用して要点やコツを反復していた、と聞いた。真心や熱意はケニアの人達の心に届き何時までも生き続け、明日の日本とケニア交流の標灯になると信じる。


3つ、家族の支援あってこそ

誰よりも無事を願っておられた御家族、その場に参加されていた、も元気な姿を見て安堵されていた。それが一番のお土産だと思った。その頑張りのお土産は家族の支えがあったからである。私には2施設群全体で地道に家族との一体化を進めて来た取り組みの成果が結実したように思えた。


4つ、普段着の国際協力活動

昭和41年飯塚駐屯地が開設されたころは部隊が外国に派遣されるなどは想像もできなかった。平成5年に初めてカンボジアPKOが派遣された。この時の取り組みは大変なものであった。それを思うと隔世の感がする。2施群は何度もpkoを経験してきたが今回は少し趣が違うように感じた。陸自を挙げて、というよりは2施設群の出番だ前へ、で2施設群は主に要員を編成しトランク一つで普段着で出かけた、という感じ。その普段着は陸上自衛隊の進化の歩みであり、新たなページを拓いた第1号としての意味合いを強く感じる。



5つ、飯塚駐屯地創設50年の確かな歩みの象徴

2施設群が行った普段着のPKO第1号に加えて2施設群が作った飯塚駐屯地、ホーク班・中隊・西山等の訓練場で2高団は腕を練り、今や南西防衛の決勝職種といっても過言ではない。以上の二つは飯塚駐屯地開設50年の確かな歩みを象徴している感じである。

6つ、2施設群へのエール


前記普段着の中には国際的に通用する実力の持ち主(建設機械操作の優技者等)を多数群内に抱えている意も含めている。各級指揮官を核心として技術こそ施設の力、と技術を弛まず磨きぬいてきた賜物である。

2施設群は片や国際協力、片や南西防衛等全国で二つとない部隊である。その一員としての誇りと自信を持って今回の貴重な経験を今後に活かして頂きたい。

又整列した群全員の人的勢力が随分寂しくなった、と感じる。度重なる部隊再編の影響であろう。このような情勢をものともせず時代や国家の要求に応えて、「使命」を拡いてきた施設魂、没我支援やパイオニア魂に心からの敬意を捧げたい。反面、現場の足腰を弱らせて今と明日はない。現場の細りに、これでよいのだろうかと自問する。

以上

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